2011/03/22

見上げる君の遥かなる旅路


福岡です、ご無沙汰してしまいました。









皆様にもご協力頂いている僕の作品、旧名「見上げる」現「Towering Sky」の展示に関してお知らせいたします。


約7000枚の写真をつなぎ合わせ、いっさいの補強を使わずロールする事で生まれる紙の力だけで立ち上がっている「Towering Sky」は非常に微妙なパワーバランスで出来ています、少しでも力加減を間違えると崩壊してしまう構造のこのタワー
を全長8mまで伸ばそうというのが僕の今回の挑戦です。
インフォメーション
会期中毎日12時30分からの30分に「Towering Sky」を伸ばす作業をします、しかし崩壊してしまうかも知れません、僕の腕にかかっています。見に来て頂いた際の状況は運次第!!
崩壊してしまった場合は、再度巻き直しを行い再チャレンジします(巻き直しにご協力下さい)。
「Towering Sky」は現在約4m、これまでのドキュメンタリーと同時に今後の様子を会場にて見せれるものにしようと考えていますのでこうご期待!!


作品の向かう方向は決まったのですが、せっかくのブログなので僕の葛藤も正直に書こうと思います。
オープニングの日の崩壊直後はこれまでかけた時間の事等考え、、さすがに辛かった。
カッコいい状態でオープニングを迎えたかった、、、。
しかし、ぼくは崩壊の時、この作品の本当の面白さを知った気がしました。
彫刻、立体作品としてはあまりにも危うい「Towering Sky」写真の外に向かう力と、内に向かう力の微妙なバランスによって出来るフォルムで、重力に逆らい上へ上へと向かって行くその姿は非常に緊張感を持ったものです。
昨日も、再度挑戦して詰め物を使用した方法を試みたのですが形がどうにも、納得いかない、緊張感なくただそこににある姿は、高さ云々以上に僕の求めるものではありませでした。

そして、今回オクタゴンでの制作をとうして問うて来た、人間の精神の原点としての「見上げる」という行為、表現の原点としての「積み上げる」、そして都市の原点としての「集団作業」この三つの先にのびる現代とその未来、目的地としてのユートピア像。
この問いに対して都市の真ん中にオクタゴンを建て(僕には都市の臍に思える)その中で制作生活する中で「もっと深いところに何かが潜んでいる」という感覚を強く持ちました。

ああ、まとまりきらないテキストになってしまっています、僕もまだ答えを見いだしていない、見上げる君と共に都市の臍から潜り込んだこの世界をもう少し旅してみようと思います。

PS,
「Towering Sky」の制作は非常に指先の感覚に頼ったもので、僕の制作の原点彫刻にとても似ています。近年、彫刻らしい制作過程をあまり行っていなかったので、「指先を頼ってものを作る」という感覚が自分に戻ってきています。なんだかとてもドキドキしています。

福岡寛之より


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